02/05/2026
NHKへの思い。池谷監督の投稿をお読みください。
この数日、NHKの報道を批判してきたが、それは映画に転進するまで20年余りテレビドキュメンタリーをつくってきた者の言い分であり、NHKに恩義を感じる者の反抗であることをご理解いただきたい。
僕は恐らく外部の人間では最多であろう12本のNHKスペシャルをつくった。この間、優れたNHKのプロデューサーから貴重な教えを頂戴した。構成などではとてもかなわないと思ったし、NHKの制作陣に負けない番組をつくろうと必死に頑張ったつもりだ。
だが、いつの頃からか、この巨大放送局はどこを見て番組をつくっているのだろうと疑問に思うことが多くなった。はっきり自覚したのは、のちに僕の劇場デビュー作となり世界30数ヵ国の映画祭で上映された「延安の娘」のときだった。
当初この作品はNHKのハイビシャンスペシャルとして制作された。違和感を感じたのは名だたるプロデューサーが顔を揃えた完成試写のとき。作品に衝撃を受けたのか思考停止したまま誰も言葉を発しない。しばしの沈黙のあと某幹部の口から飛び出したのは、タイトルはこれでいいのかというお粗末極まりないものだった。
「延安の娘」は文化大革命の傷跡をリアルな人間ドラマとして描いた作品である。やがて議論は中国大使館の評価を気にする忖度の嵐となっていった。大丈夫かというのである。
NHKの錚々たる面々が作品の評価そっちのけで中国大使館の顔色を伺っている… その茶番を見て力が抜けていくような感覚になったのを覚えている。
次の「蟻の兵隊」のときはハナからNHKに企画を持っていくつもりはなかった。国を相手に裁判を闘っている元中国残留兵士のドキュメンタリーである。企画が通るとは思えなかったし、仮に通っても面倒なことが起きるのは目に見えていた。
のちに知るところとなった話だが、NHKのディレクターにも山西残留問題を知る者はいて、勢いよく企画を立ち上げたが、どうしても上層部の会議を通してもらえなかったそうだ。
その後もチベット問題などNHKがやれそうもない企画が続いた。僕が作りたいもの… それは人間の尊厳をかけて権力に抗う者の姿であり、それはすなわちタブーに挑戦することにほかならなかった。それができないと知ったとき、僕はNHKと決別した。
だが、これだけは言っておきたい。いまもNHKには優秀な制作者がたくさんいて、彼らは国民の知る権利に応えるべく日夜くだらない忖度に明け暮れる上層部と闘っている。高市政権の誕生で平和憲法が危機に瀕し、戦後80年かつてないほど戦争が近づいたいま、NHKの役割は決して小さくないはずだ。志のある制作者の一層の奮起を期待するとともに、政権への忖度を異常なまでに繰り返す上層部の解体を声を大にして叫ぶ。