元町プロダクション

元町プロダクション 〈池谷薫ドキュメンタリー塾〉から生まれた映像制作サークル、元町プロ?

ネットの暴力と闘う。池谷監督の投稿をお読みください。8/9 (日) に午前尼崎、午後西宮で「蟻の兵隊」を上映するが、この上映会の呼びかけ人の一人に兵庫県の内部告発文書問題でネット上の暴力にさらされた丸尾牧兵庫県会議員が名を連ねている。丸尾さ...
15/07/2026

ネットの暴力と闘う。池谷監督の投稿をお読みください。

8/9 (日) に午前尼崎、午後西宮で「蟻の兵隊」を上映するが、この上映会の呼びかけ人の一人に兵庫県の内部告発文書問題でネット上の暴力にさらされた丸尾牧兵庫県会議員が名を連ねている。丸尾さんは兵庫県知事選に立候補した立花孝志NHK党党首から、元県民局長が作った斎藤元彦知事らに対する内部告発文書について「丸尾とかが書いたんですって、嘘を。告発文書を丸尾牧も書いとるんです」などと繰り返し攻撃され、それがSNSで大量に拡散され筆舌に尽くしがたい精神的なダメージを受けた。その後、立花氏を名誉毀で提訴。今年1月の判決で訴えが認められ、立花氏に損害賠償が命じられている。
この問題をめぐっては、丸尾さんと同じく百条委員会の委員を務めていた竹内英明県会議員がSNS上で「知事を貶めた主犯格」「黒幕は竹内」などとデマや誹謗中傷を受け、県会議員を辞職後、昨年1月に自死している。
丸尾さんはネットの暴力に対し法的措置を含む毅然とした対応を進めている。今年3月にはYouTubeで虚偽のデマ動画を流し、それを大量に再生させて収益を得ていたN党党員の男性ら3人を提訴した。
丸尾さんを応援する。「蟻の兵隊」の奥村和一さんは強い信念をもって国家の嘘と闘った。ネットの暴力と闘う丸尾さんは、この映画をどう観るのだろうか。

8/9「蟻の兵隊」尼崎・西宮上映会の詳細はコメント欄のチラシをご覧いただきたい。どちらも上映後にしっかりお話しさせていただく。

在日チベット人の闘い。池谷監督の投稿をお読みください。7月4日、5人の在日チベット人らが東京・元麻布の中国大使館前で怒りのシュプレヒコールを上げた。3日前に施行された民族団結進歩促進法への強い抗議の表れだ。この法律は、国内外を問わず「中華民...
13/07/2026

在日チベット人の闘い。池谷監督の投稿をお読みください。

7月4日、5人の在日チベット人らが東京・元麻布の中国大使館前で怒りのシュプレヒコールを上げた。3日前に施行された民族団結進歩促進法への強い抗議の表れだ。
この法律は、国内外を問わず「中華民族」の団結を損なう行為を処罰すると定め、標準中国語の全面的な義務化や共産党の統制下での宗教の中国化など、漢民族への同化政策が強く打ち出されている。これに抗議して2日、52歳のログバ・ランゼンさんがNYの国連本部前で5年ぶりの焼身抗議を行っている。
孤高の5人に連帯の意を表明する。中国大使館前のデモは警察によって人数制限がされている。実際には20人を超えるチベタンとサポートサポーターが集まったそうだ。それでも昔に比べればかなり少ない。
みんな忘れないでほしい。チベットの非暴力の闘いは続いている。彼らに続いて声を上げようではないか。
チベットに自由を! 中国政府よ、恥を知れ! 知らないのは罪だ!

女子中学生の焼身抗議… 池谷監督の投稿をお読みください。7/1に施行された中国の民族団結法進歩促進法に抗議して52歳の在米チベット人ログバ・ランゼンさんがニューヨークの国連本部前で焼身抗議を行った。同法には教育現場におかる標準中国語の義務化...
12/07/2026

女子中学生の焼身抗議… 池谷監督の投稿をお読みください。

7/1に施行された中国の民族団結法進歩促進法に抗議して52歳の在米チベット人ログバ・ランゼンさんがニューヨークの国連本部前で焼身抗議を行った。同法には教育現場におかる標準中国語の義務化と共産党の統制下での宗教の中国化が明記されており、それに対する激しい怒りの表明だった。
これを知って、拙作「ルンタ」でフォーカスをあてたツェリン・キという名の19歳の女子中学生に思いを馳せた。
2012年3月3日、日本ではひな祭りが行われる日、ツェリン・キは彼女が学ぶ民族中学近くの野菜市場で5リットルのガソリンをかぶり、みずからに火を放った。焼身の理由は学校の教科書からチベット語が消され、すべての科目を漢語で学ばなければならなくなったからだ。驚くことに、彼女の学校では中学生たちが何度も抗議デモを行っていた。「母語が廃れたら、民族も文化も死ぬ」… ツェリン・キはいつも周囲にそう語っていたそうだ。
親思いの彼女はチベット語が読めない母親に2冊の本を買い、民族の言葉を学ぶようやさしく諭したという。亡くなる前の2日間はその母親と枕を並べ、朝まで話しつづけて母親を寝かせなかったそうだ。これらの事実は娘の死の真相を正しく知ってもらうため、母親が巡礼先のお寺から他人の携帯電話を使って教えてくれたものだ。中国政府は焼身抗議をテロと呼び犯罪行為とみなしているので、家族も厳しく監視される。
想像してほしい。もし僕らが日本語を取り上げられたら、どんな気持ちになるだろう。「母語が廃れたら、民族も文化も死ぬ」… ツェリン・キの言葉が壮絶なメッセージとして胸に突き刺さる。
彼女の死から14年… チベットを取り巻く事態は深刻さを増している。数年前からは100万人もの児童が親から切り離され、全寮制の学校に強制的に入れられ、漢族への同化を強いられている。こうした学校では中国語でしか教育が行われず、子どもたちはすでにチベット語の読み書きができなくなりつつある。親や祖父母とのコミュニケーションさえも取りづらくなっているというから、同化というアイデンティティの侵害は危機的なレベルにまで達している。これはもうジェノサイド(民族浄化)と呼べるものだ。
チベットに自由を! 中国政府よ、恥を知れ!

高校生が「蟻の兵隊」の上映会を主催しました!池谷監督の投稿をお読みください。愛知の高校3年生・箕浦涼介くんが主催した「蟻の兵隊」上映会は、これ以上が考えられないくらいの大成功だった!箕浦くんはがんばってハンドボール部の仲間(男子だけでなく女...
11/07/2026

高校生が「蟻の兵隊」の上映会を主催しました!池谷監督の投稿をお読みください。

愛知の高校3年生・箕浦涼介くんが主催した「蟻の兵隊」上映会は、これ以上が考えられないくらいの大成功だった!箕浦くんはがんばってハンドボール部の仲間(男子だけでなく女子も)や中学時代の同級生など20人もの高校生を集めてくれた。(全体では70人)その子たちが事前の情報を持たないまま、ぶっつけ本番で「蟻の兵隊」を観たが、かえってそれがよかったみたいで、はじめこそ衝撃のあまり言葉数が少なかったものの、次第に感想や質問を活発に述べるようになっていった。
以下、高校生たちが発した言葉を野外上映でお世話になった布野裕子さんがメモとして残してくれたものを掲載する。非常に興味深く、頼もしさを感じる。ぜひお読みいただきたい。箕浦くんは観終わったあと僕に「すごかった」と言ってくれた。
箕浦くん、よくやった! でっかい拍手を送ります。ありがとう!

教科書では8月15日に戦争が終わったとしか教えてもらっていない。残って戦った人がいるなんて知らなかった。

新幹線のホームで金子さんを見送るとき、奥村さんが金子さんのコートの襟を直してあげていて、優しい人だと思った。

戦争はあってはならないものだと実感した。

戦争が終わり日本に帰れると思ったのに、日本のために戦わされた人がいたなんて知らなかった。

奥村さんは国に振り回されながらも個人の強い執念を持って闘ったところがすごいと思う。

ハンドボール部は十人十色だけど、一致団結という目標をかかげている。そういう点では奥村さんたち元残留兵と共通点があると思った。

学校では戦争があった、どこが勝った、どこが負けた、という事実しか教えてくれない。奥村さんが現場を再訪してくれたおかけで元日本兵のリアルな戦争体験談を聞かせてもらったけど、これはものすごく貴重な機会だと思った。

奥村さんはPTSDにはならなかったのか?という質問。これに対し監督は晩年まで夜うなされていたと答えたが、その一方、映画を撮ることですべてを吐き出せたのだからある意味、奥村さんは幸せだったかもしれない。ほとんどの元兵士は誰にも語れずに亡くなっていく。訓練で人を殺したことなど、家族だからこそ言えない話だと解説した。

奥村さんの印象は最初に会ったときと映画を撮り終えたあとで変わったか?

最後の靖国神社のシーン。小野田寛郎さんはスーパースターなのに、どうして奥村さんはそうなれなかったのか?
これに対し監督は、戦後も戦争を続けるという同じ地獄をみた2人が真逆の戦争感で衝突しているのは、あれだけの災禍を自国民にも他国民にももたらせた日本の戦争が、自衛のためなのか侵略なのか、いまだに決着が付けられていないからだと丁寧に説明。高校生たちから「おー」という驚きの声が上がった。

奥村さんは何度も訴え、闘ったけれど、なかなか実を結ばないのが、現実なんだなあと思った。

女子生徒から。少しずつ女性の地位も向上して来たので、戦争についても女性の意見を取り入れていけたらいいなと思った。

最後の箕浦くんのまとめ。毎日新聞の記事を読んだとき、肝試し(殺人訓練)な事実に衝撃を受けた。憲法改正の動きをあったりして戦争が身近になっているのを感じている。でも僕らはその戦争のことを何にも知らないから、みんなで観たいと思って上映会を開こうと思った。

悲しいご報告です。チベットをさの焼身抗議が5年ぶりに起きてしまいました。池谷監督の投稿をお読みください。チベットの焼身抗議が5年ぶりに起きてしまった。しかも今度はニューヨークの国連本部前である。焼身したのは52歳のラグバ・ランゼンさん。チベ...
10/07/2026

悲しいご報告です。チベットをさの焼身抗議が5年ぶりに起きてしまいました。池谷監督の投稿をお読みください。

チベットの焼身抗議が5年ぶりに起きてしまった。しかも今度はニューヨークの国連本部前である。焼身したのは52歳のラグバ・ランゼンさん。チベットの独立を訴え、自身のSNSで「中国政府の政策はチベットの人々のアイデンティティーを抹消する」と発信していた。これで焼身者は2009年以来、チベット内外合わせて166名になった。

僕は「ルンタ」という映画でこの焼身抗議と向き合った。だが、その是非を問うつもりはまったくない。当たり前のことだが、焼身など一日も早くなくなってほしい。
ただ、これだけは知ってほしい。いまチベットでは平和的なデモを行っただけで捕まり、監獄に送られ、言葉にできぬような拷問で死ぬことがある。2009年以降、拷問死の数は150名を超えている。人を人と思わない、まるで中世のような暗黒が現代のチベットに存在するのだ。
ダライ・ラマは言う。すべて原因があって結果がある、と。仏教でいう因果。焼身抗議は原因がなくならない限りつづく。その原因とは中国政府のチベットへの迫害に他ならない。
どうか皆さん、焼身という衝撃的な事実の前で思考停止しないでほしい。重い現実から目をそらさないでほしい。焼身者は、世界にチベットの現状を知らせるために自らに火を放っているのだから。
下記は映画「ルンタ」のなかで紹介した焼身者の遺書である。共通するのは利他の心。己のためとは言わず世界平和を訴え、彼らは焼身する。

チュパック・キャプ(25歳・男性)とソナム(24歳・男性)遊牧民
チベット人は独自の宗教と文化を持ち、他の民族と区別される。その特徴は、愛と慈悲を持ち、他の人々の幸せのために尽くせという教えにある。しかし、今、チベットの人々は中国の侵略を受け、弾圧されている。基本的人権を奪われ、苦しみの中にある。チベットが自由を取り戻すため、世界平和のために、私たちは焼身する。自由を奪われたチベット人たちの苦しみは、私たちの焼身の苦しみよりも余程大きい。
恩ある両親よ、家族、兄弟たちよ、私たちはあなた方に愛を感じてないとか、別れたいというのではない。また、自分たちの命を軽んじているのでもない。私たちは2人とも正気で、真っ当な心と思考の下に、チベットが自由を取り戻すために、仏教が栄えること、有情の幸福と、世界平和を願い焼身するのだ。
故にどうか、私たちの最後の願いに従ってほしい。私たちが中国の手に落ちても、何もしないこと。自分たちのために1人のチベット人も傷つかないというのが願いだ。

リキョ(36歳・女性)遊牧民
世界に平和と幸福がもたらされますように。ダライ・ラマ法王がチベットにお戻りになることができるよう、屠殺や肉を売ることを慎もう。盗みをなさず、チベット語を話し、争いをやめよう。
生きとし生けるものすべての苦しみを私は引き受ける。私が生きて中国の手に落ちても争わないでほしい。団結し、チベットの文化を学んでほしい。火に我が身を焼く。家族よ、悲しまないでほしい。

グドゥップ(43歳・男性)作家
ダライ・ラマ法王は非暴力による中道路線を提唱され、名実ともなる自治獲得に努力されている。そして、600万チベット人はこの法王のお言葉を頭上に掲げ、長期にわたり希望を共にして来た。しかし、中国政府はこの提案に興味を示し賛同するどころか、チベット人の福祉を語るだけでもその者を逮捕し、非常な拷問を与え、ダライ・ラマ法王を非難せず、チベットが中国の一部であると認めない者を暗殺したり、失踪させたりする。チベット人の幸福にはまったく興味を保たず、真の現状を隠し続ける。我々は非暴力の闘いをさらに研ぎすまし、チベットの真の現状を知らしめ、証拠を示すために、自らの身を火に捧げ、チベット独立を叫ぶ。
虚空に有られる神々よ、チベットを照覧あれ、母なる大地よ、悲愛とともにチベットを見守られよ。地上にある世界の全てよ、真実に注目されよ。清らかであった雪の国は赤い血に染まり、非情な軍隊により覆われ、絶え間ない弾圧の下にある。しかし、勇敢にして挫ける事のない雪の子供たちは、智慧の弓を引き、命の矢を放ち、真実の闘いに勝利するであろう。

最後の蟻の兵隊… 池谷監督の投稿をお読みください。元中国残留日本兵の横溝常行さんに京田辺のご自宅でお目にかかった。御年98歳。かくしゃくとされていて記憶が鮮明なことに驚かされた。おそらくは最後の蟻の兵隊であろう。信じられない話だが、横溝さん...
24/05/2026

最後の蟻の兵隊… 池谷監督の投稿をお読みください。

元中国残留日本兵の横溝常行さんに京田辺のご自宅でお目にかかった。御年98歳。かくしゃくとされていて記憶が鮮明なことに驚かされた。おそらくは最後の蟻の兵隊であろう。
信じられない話だが、横溝さんは民間人でありながら山西残留兵士になった。終戦時は17歳。大志を抱いて大陸に渡り、内モンゴルの日本が管理運営する製鉄所で働いていた。だが天津の一時収容所で引揚げ船を待つうちに、ある噂を耳にする。故郷の大牟田は空襲で全滅。一面の焼け野原で、もはや親兄弟も生きていないだろう。
帰る気持ちに迷いが生じたところ、山西省に行って残留日本軍の部隊に入り祖国日本の復興のために一肌脱がないかという誘いを受けた。リクルーターは国民党系軍閥・閻錫山の手下の中国人で、来るべき共産党軍との決戦に備えて引揚げを待つ日本人を引き入れようとしていたのである。
軍国少年だった横溝さんはその言葉をまともに信じ、みずからの意思で残留部隊に入隊する。その後、衛生兵の訓練を受け、太原が陥落するまでの約3年間、解放軍との戦闘に明け暮れた。野戦病院では多くの戦友を見送り、戦争の悲惨さを身をもって体験した。
はじめ横溝さんは入隊こそしたものの、まさか自分が最前線で戦う羽目になるとは思わなかったそうだ。だが閻錫山率いる山西軍は実線経験に乏しく、必然日本軍が解放軍の真正面に立たされた。奥村さんが「蟻の兵隊」のロケで訪ねた牛駝塞(ぎゅうださい)の死闘では、攻め上がってくる解放軍兵士と近距離で手榴弾を投げ合ったという。
太原陥落後はしばらく近郊の農村に隠れ住み、知り合いの診療所で助手をして暮らしたが、日本人が全員収容所に入れられることになると河北省永年の収容所に送られた。そこでは教育と労働による思想改造を受けたが、白米を食べさせてもらえるなど待遇は悪くなかったそうだ。
横溝さんはそこで戦争を反省する2年の時を持った。18歳から25歳までの青春の日々を理不尽な戦争に費やした自分… ようやく日本に引き揚げることができたのは、日本が高度経済成長期に突入しようとする昭和28年のことだった。
帰国後は職が見つからず、随分苦労を重ねられたようだ。日雇い労働で暮らしを繋いだが、一年後のメーデーの日に戦前から反戦の意志を貫く日本共産党に入党し、枚方の民生商工会などで働いた。平和運動にも積極的に取り組み、原水禁大会などへの参加を続けた。
2001年に奥村さんら元残留将兵が軍人恩給の支給を求めて国を提訴すると、もともと軍籍がないため原告団には加わらなかったが、資料を取り寄せるなどして支援を続けた。
軍の命令で残留させられたにもかかわらず、兵士たちが志願して勝手に戦争を続けたとみなされた日本軍山西省残留問題… 横溝さんにそれを知ったときの思いを訊ねると、「無責任極まりない事件」という憤りの声が即座に返ってきた。「命令がなければ残留などできるわけがない。当時は上官の命令は朕の命令といって、我々は天皇陛下の命令だと思って戦後も戦ったのだから」…
最後に高市政権誕生後、防衛力の増強が叫ばれ、改憲の動きが早まる今の状況について聞いてみた。横溝さんは「もってのほか。戦争がいかに悲惨なものか皆知らない。だから若い人が高市首相を支持していると聞くと心配になる。なんとか踏ん張らなければならないが、どこまで踏ん張れるか…」と言って少し悲しそうな顔をされた。
横溝さんがご健在であることは、7/25に京田辺で開催される「蟻の兵隊」上映会の主催者・塩貝建夫さんが準備を進めるなかで判明した。横溝さんのお話しをビデオで撮るということになったので、ぜひ僕にインタビュアーをやらせてほしいと願い出た。編集して上映会の最後にお見せしたいと思う。
横溝さんにお会いして山西残留問題に関する貴重なお話を聞くことができた。それと同時に実際に弾の下をくぐった兵士ならではの強い反戦の意志を感じた。よくぞ生き延びてくださったと思う。このような機会を与えてくださった横溝さんに心より感謝申し上げたい。
京田辺上映会の詳細は決まり次第お知らせする。

小泉今日子さんのメッセージ。池谷監督の投稿をお読みください。小泉今日子さんが武道館で行われた還暦記念ライブで憲法9条の朗読を流したことが波紋を呼んでいる。ナレーションは彼女が敬愛する俳優の故佐藤慶さん。さらに戦争反対のメッセージが書かれた銀...
09/05/2026

小泉今日子さんのメッセージ。池谷監督の投稿をお読みください。

小泉今日子さんが武道館で行われた還暦記念ライブで憲法9条の朗読を流したことが波紋を呼んでいる。ナレーションは彼女が敬愛する俳優の故佐藤慶さん。さらに戦争反対のメッセージが書かれた銀のテープも客席に向かって放たれたという。
僕はすばらしいと思う。小泉さんは入管法改正のときもハッシュタグを付けて「送還ではなく保護を」とツイートするなど以前から政治的なメッセージを積極的に発信してきた。今回は自身の節目である還暦ライブである。アイドルから始まり役者として経験を積み、その間、つねに残酷な大衆の目にさらされて生きてきた。どうにも許せないことを目の当たりにして、彼女の心の中で社会の不正義にNOを突きつける「使命」のようなものが芽生えたのではないか。そして還暦を迎えたいま、守るべき大切なものが何かをついに見つけ、つづく世代のために声を上げる決断をしたのではないか。もしそうなら、僕にはその気持ちがよくわかる。
これに対しネットでは「気になる左傾化」だの「政治信条の押し付け」だの、心ない誹謗中傷の声が上がっている。ちょっと待ってくれ。戦争反対と当たり前のことを叫ぶのがなぜ批判されなければならないのか。しかも左傾化などという無意味なレッテル貼りをされながら。
また、それをどう受け止めるのかはファン一人ひとりの個人の問題であって、彼女のメッセージを受け止めるのもよし、静かに離れていくのもよし、小泉今日子を鏡として今の自分を見つめ直する機会にすればよいのだと思う。大切なのは声を上げること。声が上げられなくなったら、もうその社会は終わりである。
この世に政治と無関係なことなど一つもない。それは芸能活動だって同じである。小泉今日子さんの勇気を心の底から称えたい。

NHKへの思い。池谷監督の投稿をお読みください。この数日、NHKの報道を批判してきたが、それは映画に転進するまで20年余りテレビドキュメンタリーをつくってきた者の言い分であり、NHKに恩義を感じる者の反抗であることをご理解いただきたい。僕は...
02/05/2026

NHKへの思い。池谷監督の投稿をお読みください。

この数日、NHKの報道を批判してきたが、それは映画に転進するまで20年余りテレビドキュメンタリーをつくってきた者の言い分であり、NHKに恩義を感じる者の反抗であることをご理解いただきたい。
僕は恐らく外部の人間では最多であろう12本のNHKスペシャルをつくった。この間、優れたNHKのプロデューサーから貴重な教えを頂戴した。構成などではとてもかなわないと思ったし、NHKの制作陣に負けない番組をつくろうと必死に頑張ったつもりだ。
だが、いつの頃からか、この巨大放送局はどこを見て番組をつくっているのだろうと疑問に思うことが多くなった。はっきり自覚したのは、のちに僕の劇場デビュー作となり世界30数ヵ国の映画祭で上映された「延安の娘」のときだった。
当初この作品はNHKのハイビシャンスペシャルとして制作された。違和感を感じたのは名だたるプロデューサーが顔を揃えた完成試写のとき。作品に衝撃を受けたのか思考停止したまま誰も言葉を発しない。しばしの沈黙のあと某幹部の口から飛び出したのは、タイトルはこれでいいのかというお粗末極まりないものだった。
「延安の娘」は文化大革命の傷跡をリアルな人間ドラマとして描いた作品である。やがて議論は中国大使館の評価を気にする忖度の嵐となっていった。大丈夫かというのである。
NHKの錚々たる面々が作品の評価そっちのけで中国大使館の顔色を伺っている… その茶番を見て力が抜けていくような感覚になったのを覚えている。
次の「蟻の兵隊」のときはハナからNHKに企画を持っていくつもりはなかった。国を相手に裁判を闘っている元中国残留兵士のドキュメンタリーである。企画が通るとは思えなかったし、仮に通っても面倒なことが起きるのは目に見えていた。
のちに知るところとなった話だが、NHKのディレクターにも山西残留問題を知る者はいて、勢いよく企画を立ち上げたが、どうしても上層部の会議を通してもらえなかったそうだ。
その後もチベット問題などNHKがやれそうもない企画が続いた。僕が作りたいもの… それは人間の尊厳をかけて権力に抗う者の姿であり、それはすなわちタブーに挑戦することにほかならなかった。それができないと知ったとき、僕はNHKと決別した。
だが、これだけは言っておきたい。いまもNHKには優秀な制作者がたくさんいて、彼らは国民の知る権利に応えるべく日夜くだらない忖度に明け暮れる上層部と闘っている。高市政権の誕生で平和憲法が危機に瀕し、戦後80年かつてないほど戦争が近づいたいま、NHKの役割は決して小さくないはずだ。志のある制作者の一層の奮起を期待するとともに、政権への忖度を異常なまでに繰り返す上層部の解体を声を大にして叫ぶ。

「蟻の兵隊」の主人公・奥村和一というひと。池谷監督の投稿をお読みください。「私は戦争で人を殺しました」2006年5月27日、小雨に煙る代々木公園。そのひと奥村和一は5万人の聴衆を前に静かに語りはじめた。憲法改正の手続きとなる国民投票法の改正...
01/05/2026

「蟻の兵隊」の主人公・奥村和一というひと。池谷監督の投稿をお読みください。

「私は戦争で人を殺しました」
2006年5月27日、小雨に煙る代々木公園。そのひと奥村和一は5万人の聴衆を前に静かに語りはじめた。憲法改正の手続きとなる国民投票法の改正や教育基本法の改正に反対する国民総決起集会でのことである。直立不動の奥村はつづけた。「善良な人間を殺人鬼に変える戦争は二度とやってはいけません」と。
かつて奥村が所属する北支派遣軍第1軍の将兵2600人は、あろうことか戦後も軍命により中国に残留させられ、理不尽な戦争を続けさせられた。共産軍との死闘は3年8ヶ月に及び戦後の戦死者は550人にのぼった。戦闘で重傷を追った奥村はその後捕虜となり、ようやく日本に引揚げることができたのは日本が高度経済成長に突入しようとする昭和29年のことだった。青春のすべてを戦争に捧げたのである。
だが、ポツダム宣言に背くこの暴挙を戦後日本政府は黙殺する。将兵たちが勝手に残って戦争を続けたとみなしたのだ。真実を求めて国を訴えた裁判でも最高裁で上告が棄却。奥村たちは二度、国に棄てられたのである。
「蟻の兵隊」を制作中、気になることがあった。奥村ら元残留兵が「今の世の中は自分たちが戦争に持っていかれたときと似てきた」と口を揃えて言ったのだ。20年前のことである。もし彼らが生きていたら高市政権下で進むこの状況をなんと呼ぶだろう。平和憲法を壊し、殺傷能力のある兵器を輸出し、緊急事態条項やスパイ防止法を制定しようとする流れ… きっと苦渋をにじませて言うに違いない。もはや「戦時中」だと。
「蟻の兵隊」は元中国残留日本兵・奥村和一の遺言である。最大の特徴は戦争を被害と加害の両面から描いたこと。戦後80年、かつてないほど戦争が近づくいま、我々はその戦争を何も知らない。だからこそ、一人でも多くの人に観てほしい。善良な市民が殺人鬼に変えられてしまう前に。

写真は2011年2月、亡くなる3ヶ月前、自身が参加する最後となった上映会でトークの出番を待つ奥村さん。病院を抜け出して来てくれた。

24/04/2026

うれしい報告です。池谷監督の投稿をお読みください。

今年の夏も高校生が「蟻の兵隊」の上映会を主催してくれる。新潟県立新発田農業高校2年の大澤虹太くんだ。
大澤くんは地元ではちょっとした有名人。米粉@を使ったグルテンフリーの麺を商品開発したり、トマトなど規格外の野菜の商品化に取り組むほか、核兵器の廃絶を目指す高校生平和大使として1万人の署名を集める活動を行ったり、昨年夏には広島・長崎の原水禁世界大会に参加して被爆者の声を世界に届けた。
まぁなんとも忙しい高校生だが、その大澤くんが今度は映画の上映活動を思い立ち、その皮切りとして8月に「蟻の兵隊」の上映会を地元で開催したいと言ってきてくれたのだ。
彼とは昨年夏の新潟シネ・ウインドでの上映で知り合った。学校上映を続ける僕の活動に共感した井上経久支配人が、僕に会わせるため呼んでくれたのだ。一年後の思わぬ展開がめちゃくちゃうれしい。
で、その大澤くん、さらに驚いたことに映画をつくりたいと言ってきた。なのでぜひ僕にアドバイスしてほしいと。撮りたいのは自分が暮らすふるさと。新潟市と新発田市の間にあ位置する豊栄(とよさか)という小さな町だが、そこに暮らす善良で愛すべき人々を撮りたいのだそうだ。
早速Zoomでアドバイスしたが、彼にはぜひ自分も出演してほしい。見て!この愛嬌たっぷりの顔を! 思わずほっこりさせられちゃうよね。それでいて農業に平和活動に高校生パワー全開で挑んでいる。こんなに魅力的なキャラクターはめったにお目にかかれるもんじゃない。
聞けば大澤くんは中学生の頃から動画制作をしていたようで、そのときのテーマがボランティアで参加していた子ども食堂だというからたまげる。でも、きっとこの子は映像の魅力と可能性を知ってしまったんだろうな。どんな作品ができるか楽しみでならないし、しっかり応援したいと思う。
8月の上映会では「蟻の兵隊」の前に彼の映画を上映しよう。あぁまたひとつ夢ができた。
お~い、奥村さ~ん、あなたの故郷のすぐ近くに住む高校生が、あなたの映画を上映してくれるよ~ しかも、あなたは新発田商業で、彼は新発田農業 長いこと上映を続けていると素敵なことが起きるね~
写真はBSNラジオ「四畳半スタジオ」に出演したときのもの。僕もお世話になっているパーソナリティの遠藤麻理さんと。

住所

中央区元町通4丁目1/12
Kobe-shi, Hyogo
6500022

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